中村伸一
(株)マネーデザイン代表取締役

学習院大学卒業後、外資系会計事務所、銀行、証券会社を経て、2014年FP会社である株式会社マネーデザインを立ち上げ、代表取締役に就任。
フランスの経済学者、トマ・ピケティが「21世紀の資本」で述べている通り、金融リテラシーの向上が日本の経済発展につながるという信念のもと、お金に関する情報発信や講演活動を行う。特に50歳以上の層に対し、その人の持つ「人的資源」とファイナンシャル・プランニングを合わせた「リ・ライフデザイン」を提唱し、個人の住宅購入、生命保険、資産運用アドバイス、相続・事業承継、中小企業の財務相談、企業研修などを行っている。
保有資格
ファイナンシャルプランナー(AFP)、宅地建物取引士、高齢者住まいアドバイザー、証券外務員1種、生命保険シニアライフコンサルタント、変額保険販売資格、海外ロングステイアドバイザー、日商簿記検定2級

従来の伝統経済学においては、人間は合理的な意思決定を行うと仮定されています。しかし本当にそうでしょうか。

時に人は、短期的な損失におののき、元本よりわずかに下がっただけで、短期間に金融商品を手放したりします。

また、このタイミングは下がりきったと考え、余剰資金だけでなく、結構な金額を投資したあと、全く値上がりせず、塩漬けになる、といったことがあまた見受けられます。

なぜ、人は時として不合理な意思決定をしてしまうのでしょうか。その理由を見ていきましょう。

アノマリーにあらわれる人間心理の非合理性

投資の世界には、「アノマリー」という単語があります。この単語は「普通ではないこと」を意味します。特に伝統的な投資理論では説明できないパフォーマンスが金融市場で繰り広げられることです。

例えば、直近では、今回のコロナ禍でも、日経平均はバブル崩壊後の最高値を更新しているなど、実体経済と株価と乖離していることもその例です。

それ以外でも、PBR(株価準資産倍率)の低い銘柄のパフォーマンスは相対的に高い、利率の高い債券は相対的に高い価格が付く、低リスクのポートフォリオの方がハイリターンを付ける、といったものがあります。

このようなアノマリーが発生する原因は、人の非合理的な投資行動によるものと考えられています。

では、この非合理的な投資行動とはどんなものでしょうか。皆さんも経験があるかもしれません。

* 投資信託を買った後に基準価格が上がって少し儲かったので、下がるのが心配になりその段階で利益確定をした。その後、その投資信託は継続して上昇した。

* 以前株式を買った後、全く上昇する気配がなく、いわゆる塩漬け状態に5年間なっている。

* 友人が株を買って大儲けした話を聞いて、その株式は今も上昇しているので、なんとなく自分も購入した。その次の日から下がり始めた。

これらに共通していることは、「あとから考えれば、なんであんな行動をとってしまったのだろう」と振り返られることでしょう。そしてこのような非合理的な投資行動がアノマリーを生み出すと考えられます。

では、なぜ人は「非合理的な投資行動」をとってしまうのでしょうか。それは人の心理には「バイアス」があるからだと考えられています。この関係を説明する理論として「行動ファイナンス理論」があります。

この「バイアス」と「投資家の投資行動」さらには「市場の価格形成」の関係を明らかにした功績により、2002年に行動ファイナンス理論とプロスペクト理論の研究者であるダニエル・カーネマン博士がノーベル賞を受賞しています。

投資行動にあらわれる人間心理

カーネマン教授が指摘した代表的な心理的バイアスにはいろいろなものがあります。その中でも代表的なものとして次のようなバイアスがあげられます。

① 損失回避バイアス

人は損失に対して客観的な数字以上にダメージを受ける傾向にあります。そのため、利益が出ると、すぐにその利益を確定したくなります。反対に損失が出ると、それを現実のものと受け止めたくないために損切りできなくなります。これが塩漬けの状態です。

これを戒めるための諺として、「利食いゆっくり、損切りは早く」というのもあります。このバイアスは昔からあることを暗示しています。

② 保守性バイアス

すでに頭の中に出来上がったものは、なかなかそこから抜け出すことはできないことを表すバイアスです。

例えば、「オーストラリアの国の人口は、5,000万人より多いか少ないか」と質問された場合、「少ない」と答える人が多いと思います。答えは、その通りです。では「具体的に人口は何人なのか」と質問した場合、「4,000万人位?」と答える人が大部分だそうです。実際は、2,550万人(オーストラリア統計局 2019年12月31日現在)です。

「ファクトフルネス」というタイトルの本がベストセラーになっていますが、このように事実を知らないと元の5,000万人という数字にとらわれてしまうことを「保守性バイアス」と呼びます。

長年染みついた自分のメジャメントといえるものを変えることは、大変なことなのです。今回のコロナにより、世の中が大きく変化することに躊躇なくついていくことが、客観的に物事を見ることとつながるのです。

③ トレンド追随バイアス

他の人と同じ行動をとりやすいことを表すバイアスです。バブル時代の株価やアベノミクス時代の株価上昇などでも、「皆が株式を買ったから買おう」さらには、仮想通貨などでも「他人に追随して一儲けしよう」という行為がまさにこのバイアスといえます。

④ 自信過剰バイアス

近年、高齢者の自動車運転に伴う事故が増加していますが、「自分は運転が上手い」と思っている65歳以上の人の割合は、なんと約8割にも上ることが、NEXCO東日本の調査で判明しました。

これは株式投資でいえば、「この銘柄のことは、自分は誰よりも知っている。その内容の割には割安で放置されている」というバイアスがかかります。

これも、本当に割安で放置されているかどうか、事実を確認する必要があります。

非合理な意思決定を下さないために

このようなバイアスにとらわれることは、人間の心理から仕方ないことだという事も分かっています。

カーネマン博士は、人間の意思決定プロセスには2つあると言っています。一つが、即座に反応する「ファストシステム」、もう一つがゆっくり反応する「スローシステム」だということです。

前者のファストシステムは、いわゆる「脊椎反応」とでもいうべきもので、身の危険を感じた場合、頭で考えるのではなく、とっさの反応で行動するようにプログラムされたものでしょう。これは、太古から人間に備わったもので、生き残るために大事な行動様式です。

しかし、投資の世界では、これよりもスローシステムを重視して、事実は何か、をしっかり見極めたうえで投資判断を行うようにすれば、バイアスは減らすことができます。

一瞬の差を取るデイトレーダーでもない限り、多くの投資家は、スローシステムを味方につけることが、投資を成功に導ける秘訣かもしれません。