阿部栄一郎
弁護士法人丸の内ソレイユ法律事務所 弁護士|賃料未払いや明渡し、敷金返還など賃貸借契約の問題から騒音、悪臭の問題まで、幅広く相談や問題解決にあたっています。また、マンション管理組合からの管理費滞納やペットの問題なども対応しております。 相談や問題解決では「なぜそのようになるのか」「なぜそのように解決した方がいいのか」を丁寧に説明をするよう心がけております。

離婚は、自分が望むか望まないかに関係なく夫婦にとってはいつか訪れる可能性のあることです。離婚は夫婦の問題ですが、子どもがいる場合は当然子どもも離婚騒動に巻き込まれてしまいます。例えば子どもを私立学校に進学させている場合や進学させようと思っている場合は、どのような問題が生じるのでしょうか。

婚姻費用の分担

婚姻費用の分担の根拠は?

婚姻をしている場合、配偶者や子どもに対して生活費を負担しなければいけません。婚姻中における生活費の負担のことを婚姻費用といいます。では、親子間(子どもが未成年の場合)において生活費を負担しなければならない根拠は何でしょうか。

夫婦や親子は生活保持義務を負っている

民法第752条において夫婦がお互いに扶養義務を負うことが定められています。この扶養義務は、生活保持義務と呼ばれており配偶者や子どもに対して自分の生活と同等の生活を保持するものです。なお兄弟間の扶養義務は最低限の生活の扶助を行う義務と理解されており生活扶助義務と呼ばれています。つまり親は、未成年の子どもに対して生活保持義務を負っているため、生活費や教育に関係する費用を負担することが必要なのです。

具体的な婚姻費用の分担額は?

では、婚姻費用の具体的な分担額はどの程度になるのでしょうか。例えば夫婦が別居しており夫の年収が1,000万円、妻が専業主婦(収入0円)、妻が1歳の子どもを監護養育している場合、2019年12月に公表された算定表によると夫が妻に対して支払わなければならない婚姻費用は、毎月20~22万円(算定表によると真ん中の少し下あたりのため、月額21万円程度)です。

私立学校の進学によって婚姻費用は加算されるのか

算定表の婚姻費用には私立学校の費用までは含まれていない

算定表で算出した婚姻費用には、私立学校の費用は含まれているのでしょうか。算定表で算出される婚姻費用には公立学校における教育費用は含まれていますが私立学校の費用までは含まれていません。

私立学校の費用が考慮される基準は?

私立学校の費用が算定表で算出した婚姻費用に含まれていないのであれば私立学校に進学した場合には、「当然に私立学校の費用が加算される」と考える人もいるのではないでしょうか。学校の進学や教育は、子どもにとって重要なため、そのように考えるのも無理はありません。しかし裁判所は、子どもが私立学校に進学したからといって当然に婚姻費用の加算事由とする考えはとっていません。

裁判所は「親が子どもの私立学校の入学に同意をしたか否か」「世帯年収から子どもを私立学校に進学させるのが相当か否か」といった観点から私立学校の費用を婚姻費用の加算事由を決めています。例えば一番分かりやすいのは、夫婦の同居中に子どもが私立学校に進学しその後に夫婦が別居し妻が子どもを監護養育している事例です。

同居中に夫も子どもの私立学校の進学に同意をしており私立学校の費用を負担していたと考えられるため、私立学校の費用は婚姻費用の加算事由となります。一方で「子どもが幼いときに夫婦が別居し妻が子どもを監護養育しているなかで別居から10年後に子どもが私立学校に進学した」という事例はどうでしょうか。

さらに子どもと一緒に暮らしていない夫は、子どもが私立学校に進学したことすら知らず(相談もされず)、夫の年収もそれほど高くない場合、子どもが私立学校に進学した事実だけでは婚姻費用の加算事由とすることは難しいでしょう。このように裁判所は「子どもと一緒に暮らしていない親が私立学校の費用を負担するのが相当」と考えられる事例において私立学校の費用を婚姻費用の加算事由としています。

私立学校の費用はどう考慮されるのか

私立学校の費用が婚姻費用の加算事由とされた場合、どのように加算されるのでしょうか。大きく2つの考え方がありますがここでは、詳細な解説までは省き概要の紹介に留めます。一つは、算定表から算出される婚姻費用に含まれている公立学校の費用(1人につき年額26万8,434円)を私立学校の費用から控除したうえで残額を夫婦の収入(正確には基礎収入)に応じて按分して負担するという考え方です。

もう一つは、そもそも婚姻費用を算出するもととなる「生活指数」を修正(教育費用を考慮した場合の生活指数と考慮しない場合の生活指数が公表されている)して私立学校の費用に関する分担額を算出するという考え方です。いずれの考え方でも「収入の多い親が子どもの私立学校の費用を全額負担することにはならない」ということは覚えておきましょう。

つまり収入が少ない親も一定程度、子どもの私立学校の費用を負担することになります。

婚姻費用について夫婦間の合意があれば、別の取り決めをすることもできる

上述した内容は、別居中の夫婦が婚姻費用や私立学校の費用の負担について合意できない場合を前提にしています。つまりお互いの主張が対立し最終的に家庭裁判所が婚姻費用の分担額について判断をしなければならない場合の判断基準ということです。しかし世の夫婦のすべてが婚姻費用について合意できないわけではありません。

弁護士が間に入った事案でも婚姻費用の分担や私立学校の費用の分担について合意するケースはいくらでもあります。中には、「収入の多い親が子どもの私立学校の費用を全額負担する」という合意が成立することもあるのです。夫婦間で合意ができればその内容が婚姻費用の分担の内容となります。

離婚前に子どもを私立学校に進学させることができるのか

私立学校との契約

私立学校と生徒との契約は、在学契約と呼ばれており同契約から授業料などの納付義務や学校の規則を守る義務などが発生するといわれています。在学契約は契約となるため、子どもが未成年者の場合、一人で適法に締結することはできません。未成年者が契約をするには、親権者の同意が必要です。離婚が成立しておらず子どもの親権者が2人いる場合は、親権者となる父母双方の同意が必要となります。

一方の親が明確に私立学校への進学を反対した場合

上記の通り未成年者の子どもが私立学校に進学する場合、離婚前であれば父母双方の同意が必要です。仮に一方の親が子どもの私立学校への進学に反対したらどうなるでしょうか。原則として子どもは、私立学校との間の在学契約を締結することができず私立学校に進学することはできないと考えられます。ただ実務的には、一方の親が知らないまま子どもが私立学校に進学しているケースも少なくありません。

学校も一人の親のみの同意(正確には、親権者の同意とは扱えないケース)で入学を認めていることがあります。法律的に有効な在学契約が締結されているのか疑問はありますが私立学校に在学中に離婚が成立し親権者(現時点における日本の法律は、離婚後は単独親権の制度をとっています)が追認すれば有効になるのでしょう。

まとめ

今回は、離婚協議中の子どもの進学で問題になる点を述べてきました。ここでのポイントは以下の通りです。

1. 親は未成年の子どもに対して生活保持義務を負っており同義務から生活費を負担する義務(婚姻費用の分担義務)が生じる
2. 私立学校の費用は私立学校への進学に関する同意がある場合や世帯収入から私立学校に進学させることが相当な場合などに婚姻費用の加算事由として認められる
3. 私立学校の費用が婚姻費用の加算事由として認められたとしても一方の親が私立学校の費用を全額負担するという結論とはならず他方の親も一定程度は負担することになる
4. 上記2および3は、夫婦間の合意によって別の取り決めをすることもできる
5. 一方の親が未成年の子どもの私立学校への進学に反対した場合には、有効な在学契約を締結できず原則として子どもは私立学校に進学できない
6. 上記5が原則となるが実務的には、離婚の案件を扱っていると一人の親の同意のみで私立学校に進学している子どもが存在している